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「勉強」はやりたくなければしなくても良い説

 [書きかけ系ですが、これも投稿しておこうと思います。データ等詳細をまだまだ詰められていませんが…(;◔ิд◔ิ)?w その内に。。うん、多分、きっと。。w]

 

「どうしてもやりたくない・やる気が起きない場合、学校の教科はしなくて良い」と、私は提案します。教科とは、いわゆる英語や国語、数学などのことです。

 

始めに断っておきますが、私は学校の教科(科目)を学ぶことを否定的にとらえている訳では全くありません。むしろ、私自身は現在再度学び始めています。科目を学ぶメリットや価値がない、と言っている訳では全くありません。むしろ逆です。教育科目を含め、学問や科学は人生を豊かにしてくれるものの一つであり、人類の英知が詰まった知識体系であると考えています。そしてこれからも、もっとそれらについて学びたいとさえ考えています。 

ただ、ここでは「やりたくない場合」「無理をしてまで」学校指定の科目を学ばなくて良い、という事です。

また、やらなくていいというのは、「やる気がおきない期間」という事です。僕のように何かがきっかけで数年後、あるいは十数年後にやり始める事があるかもしれません。どうなるかという未来は誰にも分かりません。ただ、"現在"やる気がおきない、"現在"それらを楽しいと思わないのにムリしてする必要はないという事です。

 

 

また、本題に入る前にもう一つ確認しておくべき大事な大前提があります。それは、

「そもそも、学校は行かなければならないのか」という事です。

 

学校は行かなければいけないのでしょうか。いいえ、強制ではありません。メディア等では「義務教育」と言われて久しいですが、正確には「権利教育」です。本人に行かなければいけない義務はありません。憲法には、「親が子供が学校に行きたいと言った時に、行かせてあげる責任(義務)はある」とは書かれていますが、子供本人が、学校に必ず行かなければならないとは書かれていません。

 

なぜなら憲法とは、大人子供、老若男女の別なく、全ての人々が、強調して平和に暮らせるようにと定められたルールであり、全ての人に人権と権利を保障しているからです。権利を認めているからです。

 

 

 

だから別に行きたくなければ行かなくて全然良いのです。それは他の物事と同様に、個人の選択の問題であって、他人がとやかく言うことではありません。

 

ただ、なぜそうなったのかは分かりませんが、権利教育期間の事を、世間一般では義務教育と言い、行かないとダメだ、というような全くもっておかしな空気が漂っています。

 

しかし、このような考え方は、子供本人の権利や意思を全く尊重していません。まして先にも確認したように、法律にもそのような事は一切書かれていません。

 [過去関連記事 ]

ddramonqssecret.hatenadiary.jp

 

 

まず一つ目。「学校は強制ではない」という事。義務でも何でもないという事です。

 

 

 

さて、では前提を確認した上で、いよいよ本題に入ります。

なぜ僕は学校の教科をムリして学ぶ必要はない、と考えるのか。理由は以下の通りです。

 

 

 理由

❶やりたくない事、楽しくない事は頭に入ってこないから。すぐ忘れるから

 

[要データ]

( i )時間の無駄。もったいない。それなら、好きな事に費やすほうが有意義。

( ii )また、好きな事を伸ばした方が脳もアクティブになる。発達する。

( iii )好きな事の習熟度(知識やスキル)が増し、大人になってからもビジネス(仕事)に役立てられる可能性も高い。

( iv ) 毎日が充実する。好きな事をする事は楽しいですし、その時間も充実します。逆にやりたくない場合は、楽しくありませんし、脳はどうやったらやらずに済むかばかり考え始めます。いざ勉強の時間になったら掃除をしてしまい、結局勉強しなかった、休憩のつもりが漫画をずっと読んで終わってしまったという事はよく聞く話です。僕もよくありました。w

 

【脳科学データ】

   

 

 

❷教育科目は「仕事の実務」に直接役には立たない(関係性が薄い)

 入学に教育科目の高得点が必要な大学生の就職ですら、仕事に教育科目は直接関係がない。

生活をする為の分のお金を稼ぐ場合、直接的な関係性が薄い。

例えばサラリーマンを例に考えみましょう。特に職種は問いません。大方どの職種で想定してもらっても構いません。

多くのサラリーマンの場合、職に就いて1-3年で実務を覚える事が多い。また、それ以降役職に付くまではルーティンワークの繰り返しになります。多少の作業内容の違いはあるかもしれませんが、基本的には同じ様な事です。

要はサラリーマンに求められる能力というのは、覚えた仕事の処理を、いかに確実に早くこなすか、です。

企画等の限られた部門に就かない限り、ほとんどは創造性や独創生は必要ありません。なぜならそれは上司の仕事だからです。会社の上役もそれほど創造性がある訳ではありません。

一度社会人と言われる年齢になり、ある程度の知識を持ち、社会を俯瞰して見た場合、それがよく分かります。ベンチャー企業やコピーライター、デザイン事務所、トップレベルのIT企業なら発想力や独創生も求められるでしょう。しかし、それ以外の多くの職種では、大方既存のやり方を踏襲し、それプラス、時代や需要に合わせて少しアレンジする、くらいです。あまりに独創生があっても、消費者が求めていなかったり、会社自体が変化を求めていない事が多いのです。それはある程度知識が付いてきて、社会生活をしていれば自然と見えてきます。そんなにあっちこっちでイノベーションが起きている訳ではありません。逆にそうだとしたら、混乱しますものね。w

ある程度決まったやり方を踏襲する方が消費者も、会社で働く人も楽で快適だからです。

卑近な例をあげれば本屋やスーパーなどを考えてみるとわかりやすいでしょう。例えば「商品の陳列」です。シーズンに合わせて、多少のディスプレイの変化はありますが、そこに独創生はあまり必要ありません。むしろあっては困ります。いつも+ちょっとした変化が心地良いのです。

僕個人も何回か経験がありますが、シーズン毎の変化において、陳列方法や位置が大きく変わってしまうと、いつも買い物に来るお客さんは困ってしまいます。どこに何があるか分かりません。いちいちどこに何があるか把握するのにも時間と労力がかかります。

また、この陳列方法はどうか、あの陳列方法はどうかとアイデアや独創性に溢れていたとしても、頻繁にされてはやはり消費者が困ってまいます。また、会社の人も、それを提案した人以外は、やはり把握するのに時間と労力がかかり、困ってしまいます。

 

 

 

これは一例ですが、多くの職種において、基礎科目を直接使う事は殆どなく、独創性や創造性も必要としない事がほとんどです。

 

 

 

❸教育科目を学ばない選択をしても、選べる仕事は沢山ある。

また、職業も沢山あります。勉強をしなかったから、稼げない、仕事がないという訳ではありません。

 

学校の教科は何のためにするのでしょうか。人それぞれ様々な理由があるとは思いますが、多くの人は、意識的にしろ無意識的にしろ「将来の仕事の為・仕事で役に立てるため」と考えているのではないでしょうか。しかし、それはその人の選択の問題であって、勉強しないと職につけない、高収入の仕事がない訳ではありません。

 

文字が読めて、四則演算ができればお金の勘定もできます。所謂教科を学ばなくても、こなせる仕事は沢山ありますし、むしろ学校の教科以外の学習が必要な仕事も山ほどあります。プログラマ、エンジニア、デザイナー、職人、アニメーター、など学校の教科ではなく、学校では習わない、専門的で高度な内容や技術が必要な職業もあります。

 

 

 

【例データ】

うしじまさん、喪服ちゃん、梅原大吾、スポーツ選手、漫画家、イラストレーター、声優、プログラマ、消防士など他多数。

 

 

  

また、お金を沢山稼ぐことにおいても、勉強しないとお金が稼げないわけでもありません。学校の勉強は全然していなかった人でも、お金を沢山稼いでいる人は大勢います。逆に、勉強をしてきた人でもそこそこの給料しかもらっていない人も沢山います。

 

お金を稼ぐ能力と勉強する事は必ずしも関係があるわけではありません。むしろ、

「お金を稼ぐ能力」は情報処理能力が大きく関わっきます。いくら学校の点数が良くても、、情報処理能力が高くなければお金はあまり稼ぐ事は出来ません。逆に、学校の教科を勉強していなくても、情報処理能力が高ければ、お金を沢山稼ぐ事は難しくありません。

なぜならビジネスとは「価値を提供し、その対価としてお金を貰うから」です。価値を提供するには、価値のあるものを提供しなければなりません。価値のあるものを提供するには、それだけ知識量も必要になってきます。また問題解決能力・思考力も必要です。他の人と同じ事をしていたり、既存のものを踏襲するだけでは、会社や取引先、顧客に価値があると判断してもらえないからです。また、何らかの技術が高い事も価値を生み出します。それには沢山の時間と練習が必要ですし、脳をしっかり働かせなければ、技術もある程度でとまってしまいます。

[要データ]

 

 

それは一部の、起業家やプログラマ・エンジニア・科学者の方を見れば見えてきます。彼らは学校の勉強如何に関わらず、総じて小さい頃から圧倒的な量の本を読んでいるおられます。狭義には、情報処理能力とは「文字を読む能力」「本を読む能力」と言い換えてもいいかもしれません。

 

 

また、一流ゲーマーの方も情報処理能力に関しては一流と言えるでしょう。ゲーマー、ゲームと聞いてまさか、と思われる方も少なくない事と思います。

 

  

(勿論統計的にみれば、学歴がある方が年収が高いという統計もあります。ですが、それは統計にすぎません。多くの人の傾向にすぎません。僕やこれを読んでいるあなたが、その統計の中の、標準ではない一部の人かもしれません。この場合においては、統計は結果論でしかありません。総論でしかありません。)

 

 

 

 

問題は、❶評価基準の一元化 と❷教育科目の相対評価(順位付け)

 

 

 

 

好きな事をしていれば大丈夫

さて、これを読んでいる勉強があまり好きでない人は益々やる気がなくなったかもしれませんねw

そうですこの際、「勉強をしない」という選択はありです。やらないのなら、やらないと決めてしまう。その方が心理的にも楽ですし、「やらないといけないけど、やる気が起きず出来ない」というジレンマで時間を無駄にしてしまうことも無くなります。

結局、僕の意見は「勉強は中学、高校で、してもしなくても、どちらでもいい」という結論です。僕は色々検討したした結果、そう考えています。本気で思っています。

 

 

今までは予め用意された教科を学ぶでもよかったかもしれません。しかし、今は時代が違います。インタネットも普及し、誰でもすぐに様々な情報にアクセスすることが出来ます。ゲームやアニメ、漫画、書籍、映画、子供達の興味が引くものが世界に溢れています。

そして、それを作っているのは大人の人達であり、それはビジネスであり仕事です。

 

どうして予め決められた少数の教科をやらなければいけないでしょうか。もし、自分が興味を持てないもだったら苦痛の時間にしかなりえません。

必須科目というのは誰かが決めたものにすぎません。しかもかなり昔の誰かだという事です。

それをマスターしなければ社会で生活できないわけでもありません。そもそも、そんなものはありません。日本語が話せ、読み書きができれば、なんとかなります。決められた教科に興味がなくて全くしていなかったとしても、情報処理能力さえ身につけておけば、必要になった時に学べばいい。興味がわいた時に学べばいい。十分それで間に合いますし、十分対応できます。

 

例えばですが、これからはテクノロジーや娯楽産業が益々発展していくでしょう。ものがなかった時代は生活に関連する職業が主流を占めていましたが、これからは昔ほど物は必要なくなっています。もう充分にあるからです。

 

ですから、「就職」という意味で考えた場合でも、ただ教科だけ学ぶ事にあまり実用性はありません。むしろコンピューターサイエンス(プログラミング) や絵を描く能力、グラフィック処理技能、デザインスキルを学ぶことの方が、はるかに実用性の面では有意義だと思います。

グローバル化も考えれば、語学(英語)も会話ができるような学び方に変えなければ、文法ばっかりやっていても、いつまでたっても使える英語は身につきません。それは過去の先輩たちが苦くも証明しています。

 

 

 

社会のフレーム自体が大きく変化している

極端に分けると、大方の人が考えているルートは2つ分けられると思います。

「勉強をして、良い大学に入り、安定した職につく」

「勉強しない選択をする。好きな職に就く」

 

「リスク」という観点でこの2つのルートを見た時、どちらも同じだと僕は思います。結局は「自分がどうしたいか、どういう選択をするか」だけだと思います。

 

良い大学に入って、安定した企業に就職したとしても、今の時代、終身雇用はありません。また、社会自体が大きく変化をしている今、その企業が倒産するかも知れません。昔は安定で良しとされといた銀行も今では倒産する時代です。

公務員や、財閥系の大企業などは早々倒産する事はないと思いますが、そこに入るにはかなりの狭き門です。勉強が好きな人ならともかく、そこを目指すという選択も、勉強が好きでないと続かないでしょうし、結局その中に入れないというリスクもあります。

 

 

 

代替案 - とは言うものの… -

 全く勉強をしないという選択肢は、親御さんの が納得しない可能性がある事と、やはり全くしないのは心配だし、友達や学校との兼ね合いもあるとおもいます。ですので、僕なりの折衷案を提示してみたいと思います。

 

●好きな教科・興味を持てそうな教科2-3科目に絞る

➡︎私立受験

 

 

・金銭的に厳しい場合は、「奨学金」を一度自分で調べるか、学校の先生に相談してみて下さい。僕も気になって少し調べましたが、数十という奨学金募集がありました。中には無利子・無返済のものもあったりします。僕は、全然詳しくはないので悪しからずですw

・自分の決めた2-3科目で受験できる大学が、あるか、どの大学が受けられるか、調べる。

 

 

 

最後に

お金で時間は買えません。お金で若さも買えません。人生は有限です。そのたった100年程度の有限の時間を「やりたくない事」に時間を費やし、やりたくないから頭にも全然入らない。そして、いざ社会人になってもほぼそれらを使うことはない。なのにやりたくない勉強をしなければいけない、と誰が言えるでしょうか。僕は32歳になり、いわゆる大人になりましたが、論理的に考えると、やりたくなくても勉強した方が良い、とは責任を持って言えません。今までの32年間の経験、科学、ビジネス、人生を総合的に考えると、むしろ好きな事をトコトン追究していったほうが、楽しいし脳も活性化するし、ビジネスにも役に立つ、と思います。自分自身に責任をもって僕はそう発言します。

 

 

 

どうでしょうか。極端に聞こえますでしょうか。ですが、口には出さないものの、実際そう思っている大人の人は多いのではないでしょうか。勿論そうでない人もいるでしょうが、大人の多くは、「実際に勉強が役に立ったと胸を張って言えるか」と問われれば、返答に困るのではないでしょうか。もし、「勉強が今何に、どのように役に立っているのか明確に述べよ」といわれたら、困窮してしまうのではないでしょうか。

 

勉強が直接役に立つのは、実務ではなく、それになる為に通過しなければいけない大学入試試験です。「大企業に新卒として入社する」「国家公務員」「大学入試の試験での教育科目が実務にもある程度必要になってくる、医者・弁護士・会計士」。

 

 

【「飯が食えない」= お金が稼げない】への反論

は根拠がない。ただの感情論。自分はそのルートを知らないから不安です」という事の本能的反応。そのルートへ進む人の数が少ないだけ、そのルートでお金を稼ぐ人がただ少ないというだけ、明確化されていないだけ。好きな事なら、アルバイトでも派遣でもしながらそれをすれば良い。仕事(アルバイト)は幾らでもある。

 

【「飯が食えない」= 職の安定性が低い 】への反論

終身雇用の職などない。

やりたくない職業を選ぶ事と、好きだけど安定性の少し低い職業を選ぶ事、どちらも人生スケールでみればリスクは同じくらいでは。

そもそも、人生の幸福度で言えば、どちらを選ぶにしろ、「本人の意思で選んだかどうか」ではないか。安定性が低いを理由に、本人の意思を無視してはいけない。

 

 【「頭のトレーニング」への反論】

教科でなくても良い。好きな事なら興味も持て、楽しい。どのような事柄にしろ、追求していけばいくらでも情報量はあり、頭のトレーニングになる。学問は確かに歴史が圧倒的に長い事もあり、確かにトレーニング素材としてはこの上ない質と情報量が、ある。ただし、だからと言って必ずしも必要ではない、❷学びたい人、学びたい時に学べば良い

。趣味もなにごともそうだが、強制されるのは奴隷以外の何者でもない。まして、興味がないものを強制させられると、脳はアクティブにならず脳のトレーニングにはならない。

 

 

 

そもそも「職の安定性」とは何でしょうか。

歴史を見れば一目瞭然ですが、「40-50年安定した職」など公務員や一部の資格職以外ありません。

今の所旧財閥系の大企業はずっと続いていますが、大規模リストラがあった事や規模の縮小も見逃せません。

 

とある本にも書いておられましたが、30年前の人気企業ランキングと比べれば一目瞭然です。また、機械化がどんどん進んでいる現代では変化のスピードも増しています。

 

 

色々脅して申し訳ありませんw それは僕の本意ではなく、何が言いたかったかというと、「結局は、どの選択をしても同じ事、結局は「脳をいつでもアクティブにさせられているかどうか」だという事です。

 

それには、「ストレスを避け(嫌な事は極力避け) 、好きな事をする、楽しい事をする」事以外ありません。勉強が好きな人は勉強をすれば良い。したくない人はせず、他の好きな事を思う存分すれば良い。僕は本気でそう考えています。

 

 

 

 

 

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p.s

確かに勉強をして良い大学に入った方が、より「選択肢の幅」はある事は確かです。

大学を卒業しなければ、採用してくれない会社というのもあります。

ですが、その「大卒採用の大企業に就職する、国家公務員になる、基礎科目系の必要な職に就く」事が必要でないのなら、選択肢が幾らあっても同じことです。そこまでの時間と労力は相当な量です。勉強が好きでないのなら、「勉強はしない」という選択は、極めて適切な選択だと思います。

 

結局、「勉強をするかしないの差」というのはそれぐらいのものだと、僕は感じています。

 

結局学校も行く・行かないはどちらでもいい。本人の自己判断で良い。なぜ今だに、「学校へは行くべきだ」という風潮があるのか理解出来ませんw

 

 

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